福岡県北部の神社参拝旅2日目の2026年3月10日、この日の行程に余裕があったので、中津市まで足を延ばし
中殿貴船神社を参拝。その後中津駅から折り返して、当社最寄りの椎田駅へ。駅の北側の国道10号線を東へ約1km進むと国道沿いに境内入口がある。11:50頃の到着。原始八幡信仰説の最初の聖地とされ、念願していた参拝。
社伝によれば、神亀元年(724)、宇佐の八幡大神が小椋山に鎮座するための社殿の造営にあたり、築城郡から木材を調達することになった。その際に杣始めとして八幡大神の行幸があり、仮殿が当地に設けられた。還幸した後、八幡大神を勧請して創建され、当地の産土神として奉斎したという。
木花開耶姫命は延長6年(928)に神殿の棟上に際して木花開耶姫命の旗が掲げられた後、それを神体として合祀したという。高龗神は明治40年、近隣の貴船神社の合祀による。
『八幡信仰史の研究』では、応神八幡神の前身である原始八幡信仰があったと説かれる。そして
原始八幡神から応神八幡神への変遷において、当社の地はその最初期の八幡神が祀られた聖地とされる。矢幡八幡宮とも称された。
- 豊国の神、山国の神、双方が奉じた神の習合
- 宇佐宮の二大祭儀である「放生会」と「行幸会」の起源を二つの祭祀集団に求め、放生会の中心は田川郡採銅所の古宮八幡宮からの銅鏡奏上であり、行幸会の中心は下毛郡三角池の薦神社で作った薦枕を宇佐宮の神験として鎮座せられる祭儀である。これらを前者を豊国の神、後者を山国の神とし、双方が奉じた神を習合したものが「原始」八幡神であるとする。祭祀氏族は渡来系の辛嶋氏であり、最初の聖地として「山豊国」の中間地である「ヤハタ」の地が選ばれた。
- ヤハタ神と宇佐国の神との習合
- 原始八幡神は山豊国から宇佐国へ広がりを見せ、辛嶋氏も宇佐国に定着し、信仰圏の拡大に伴い矢幡八幡宮の地からの宇佐国へ遷座したとされる。その地が辛嶋郷であり、宇佐国での最初の聖地は泉神社とされる。辛嶋氏と宇佐氏の連合が成立した時期に八幡神と宇佐氏の比売神を共に奉斎するようになった。
- 大神氏による応神八幡神の発現
- 大和国より大神氏が宇佐に入ってきて、辛嶋氏、宇佐氏と大神氏の闘争の結果、三氏統合がなされ、祭祀の中心が大神氏へ移行する中で応神信仰に切り替わる。応神八幡として最初に創建されたのが鷹居社で、その後小山田社を経て、小椋山の現社地に遷座した。
境内の東側には中津街道が通り、かつての表参道入口の鳥居が立っている。境内の北に神地があり、社殿の前方は広場が設けられている。
境内社は神池の中島に厳島神社と金富稲荷神社、広場の南に菅原神社、本社本殿の南側に貴船神社がある。
交通機関・駐車・駐輪情報・到着難易度・参拝時間・御朱印
JR日豊本線椎田駅から約1km。徒歩約15分
参拝者駐車場=あり、駐車=バイク〇、自動車〇。
最寄駅から約15分の徒歩圏内、バイク、自動車は容易に到着できる。
参拝は約15分程度。
境内に社務所あるが、御朱印は常時受け付けていない。要確認を。