松山市出張中の休日を利用して、西予市、宇和島市の神社を巡拝した2016年11月8日、西予市の
宇和津彦神社、
和霊神社の後の参拝。
和霊神社から宇和島市街地の南東端にある当社まで約2kmの徒歩。道中に所々西側を見ると商店街があり、帰り道はそこで甘い物でも食べようかなと思案。境内前に13:00頃到着。
南予の総鎮守として、一宮大明神と称されていた神社。三代実録に神階奉授の記事がある宇和津彦神の論社。
創建年代は不詳。愛媛県神社庁HPに祭神宇和津彦神とあり、
南予地域を開拓し治めたという宇和別の祖で景行天皇皇子の國乳別皇子=宇和津彦神を祭祀している。
一説に延暦11年(792)に土佐の高賀茂社(土佐神社)より味鉏高彦根命を勧請、慶安元年には大己貴命を合祀した。
宇和津彦神の三代実録の記載以外の動向は不詳で、社地についても伝わっていない。
当社が現社地に造営されたのは、16世紀末藤堂高虎の宇和島築城の頃という。
『大日本地名辞書』には「昔は丸串城の天守台に在りしを」とあって、天守台はさておき、中世のある時期に来村流西園寺氏によって、国史以来の連続性はともかく、宇和津彦神として城内に祀っていたのかも。
また当社には伝わっていないが、西予市の宇和津彦神社が宇和島城築城の際に遷されたという口碑が西予市側にある。
他説として『大日本地名辞書』に、國乳別皇子は水沼別の祖でもあり、その音が近いことから、いまの三間町あたり(宇和郡三間郷)は國乳別皇子の裔が治めた地として、宇和島市三間町宮野下の三島神社を宇和津彦神として一考を呈示している。
児島惟謙鎮魂碑

児島惟謙は宇和島藩出身。大津事件での審判で政府の意向によらず司法権の独立を守った。ここでは「兒島」とされている。
この日は当社で打ち止め、この後は松山へ帰るバスの時刻に目処をつけ、余裕があったので宇和島城に登ってみた。思っていたより険しくて時間がかかり、商店街での甘いものはスルーし歩くだけになった。商店街は賑わいがあり、活気ある地方都市を感じられ心地よかった。感謝。
交通機関・駐車・駐輪情報・到着難易度・参拝時間・御朱印
JR予土線宇和島駅から約1.4km。
駐車場=あり。
駐車=バイク〇、自動車〇。
鉄道駅より徒歩圏内、バイク、自動車も容易に到着できる。
参拝は5分程度の見込み。
在宅時は御朱印を受付けていると思われる。