所在地: | 大阪府交野市私市6-618(6-22かも) [地図] |
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御祭神: | 表筒男命・中筒男命・底筒男命・息長帯姫命 |
公式頁: | |
社格等: | 明治5年村社 |
若宮神社
わかみやじんじゃ
参拝日:2011年12月21日
2011年12月21日午後の参拝、気温の上がる午後を待って自転車で出発して、磐船神社からの巡拝。磐船神社から国道168号線を北上、京阪私市駅から北西へ直線約250mの若宮神社に14:30頃到着。
大阪府交野市私市に鎮座。私市というのは私部(きさいべ)や私市部(きさいちべ)からの地名で、皇后のために置かれた部のこと。肩野物部氏が敏達天皇御宇6年(577)、皇后豊御食炊屋姫(後に推古天皇)にこの地を献じたことに由来するという。
創建年代は不詳。祭神は住吉四神。磐船神社も住吉四神を祀っていて、由緒書によると当地は天磐船に乗って河内国河上哮峯に降臨した饒速日命の信仰と住吉信仰が共存していた地域らしい。
いまは途絶えているが、磐船神社の祭礼では御神輿の巡行先となっていた神社。当社で祭礼を催した後、私市村を一巡していた。
おそらく当社は宝永年間以降に磐船神社の分霊を祀ったものと思われる。境内由緒書の「宮座のことが解決せず、約270年前各村々(河内・大和)は磐船明神乃分霊を神輿に乗せて持帰り祭祀しました」はそのことを示している。社名の若宮は磐船神社の分霊を新しく祀ったことから付いた名のように思う。
大阪府交野市私市に鎮座。私市というのは私部(きさいべ)や私市部(きさいちべ)からの地名で、皇后のために置かれた部のこと。肩野物部氏が敏達天皇御宇6年(577)、皇后豊御食炊屋姫(後に推古天皇)にこの地を献じたことに由来するという。
創建年代は不詳。祭神は住吉四神。磐船神社も住吉四神を祀っていて、由緒書によると当地は天磐船に乗って河内国河上哮峯に降臨した饒速日命の信仰と住吉信仰が共存していた地域らしい。
いまは途絶えているが、磐船神社の祭礼では御神輿の巡行先となっていた神社。当社で祭礼を催した後、私市村を一巡していた。
おそらく当社は宝永年間以降に磐船神社の分霊を祀ったものと思われる。境内由緒書の「宮座のことが解決せず、約270年前各村々(河内・大和)は磐船明神乃分霊を神輿に乗せて持帰り祭祀しました」はそのことを示している。社名の若宮は磐船神社の分霊を新しく祀ったことから付いた名のように思う。
境内入口の鳥居と社号標
境内
大きな広場になっている。拝殿前
拝殿
拝殿前に鳥居。一段上がって拝殿。石灯籠に文政3年、文久元年銘がある。拝殿
本殿
拝殿から本殿
春日造。秋葉明神社
元は獅子窟寺にあった。長慶天皇御霊社であるという説がある。交通機関・駐車・駐輪情報・到着難易度・参拝時間・御朱印
京阪交野線私市駅から北西へ直線約250m参拝者駐車場=なかったと思う、駐車=バイク△自動車×。
徒歩、バイク、自動車で容易に到着できる。
参拝は約5分程度。
境内に社務所はなかったと思う。要事前確認。
[作成日]2019年12月24日
[更新日]2019年12月24日
[更新日]2019年12月24日
[参考]
・境内由緒書 ・大阪府全志